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ペット喜怒哀楽

沖縄「戦後」ゼロ年

沖縄「戦後」ゼロ年
書名 : 沖縄「戦後」ゼロ年
著者 : 目取真俊(めどるま)
出版社: 日本放送出版協会 2005.7.10第一刷、 189ページ \672

感想 : 

気になった文章 :
* 天皇が使う日本語には敬語はありません。敬語の体系の頂点にいるから、国民に向かって「ありがとう」とは言っても、「ありがとうございます」と言わない。そのことを知った上で、父は不快感を露わにしていました。(同感、まぁ憲法上シンボルで、そういう人は他にいないとはいえ、そして、敬語の原点がここにあるとしてしまうなら、敬語そのもののあり方を考え直さなければならないのだけれど。天皇はシンボルではあっても、人間としては同じ存在だし、税金を使って家系を保っているとも言えるわけで、なら、納税者と対等の立場どころかお礼を言う立場だとも言えるわけで)

* 沖縄に限らず全国の養育現場は今、卒業式や入学式、学校行事で「日の丸・君が代」の踏み絵を生徒も教師も踏まされ、背一符や教育委員会の意に従わない者は排除、抑圧される状況がつくられつつあります。地域や学校によっては、すでに作られた所もあるでしょう。確かに厳しい状況ではありますが、まだ抵抗できるし、発言できるのに、沈黙してその場をやり過ごしている教師が多すぎます。(この「まだ」がねぇ、ひっかかった...)

* 沖縄を南西の軍事拠点として強化しようという日本政府の動きを見るとき、再び沖縄は「捨て石」にされようとしているのだな、と思わずにはおられません。(...)勧告や中国で起こった「半日」デモに対して、あたかも自分達が被害者であるかのように報道する日本のメディアを見ていると、日本人には踏まれている者の痛みが分からないのかと思います。自分達が犯した重くつらい加害の歴史から目をそらし、自分達が踏みつけている者があげる声に耳を傾けようともしない。それは沖縄に対しても同じです。(...)「イラナイチャー」や「ジャマトンチュー」という言葉が最近使われるようになっています。(前半、同感、でも最近のマスメディア、首相批判というか冷静になってきている。最後の新語、面白い、ははは)

* 日米安保体制の負担を沖縄に押し付け、軍事演習や米兵による事件・事故に沖縄住民が苦しんでも、日本政府はそれを根本的に変えようとはしない。その政府を選択しているのは日本人である。日本の安全のために沖縄に基地が有ることは仕方がない。日本人の圧倒的多数はそう考え、沖縄への差別を行い続けている。そういう日本人はまた、いざとなれば平気で沖縄を切り捨てるだろう。六十年前と同じように。あるいは、アメリカ本土への9.11攻撃行こう、沖縄旅行のキャンセルが相次いだように、切り捨てられることに怯えるトカゲの尻尾であることを、沖縄人自身がやめなければならない。踏みつける足を自力ではねのけなけれあ、日本政府もアメリカ政府も足をどけはしない。(政府の選択に関しては、はい、同感ですが、多数決なわけで。それに沖縄からも結局そういう政府うを支持する人が議員になってきているわけで、沖縄県人も日本人として一票の重みは同様なわけで。旅行のキャンセル...誰だって危険の可能性が高い所には行きたくないのです。だから旅行キャンセルになるのは当たり前。それが沖縄に集中しているという点は要するに政策なわけで、そりゃ私個人だって、安保条約があるという前提でなら、基地はもっと日本国中に分散されるべきだと思うわよ。けど、日本よりお強いアメリカさんがね、沖縄を重視しているわけで)



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